<テーマ> 『コンドルを追え!』
*ジョサイア・コンドル建築及び財閥庭園をメインに訪れます。
<実施日> 2014年3月1日(土)
<集合> 9時 JRお茶の水 聖橋口改札外(秋葉原寄り)
<解散> 16時頃 JR上中里
<雨天> 少雨決行ながら、状況にて上野国立博物館などに変更の可能性あり。
参加者の意見考慮し動きを決めたいと思います。
<コース> お茶の水・・(ニコライ堂)・・(湯島聖堂)・・(神田明神)・・(湯島天神)
9:00 9:05 9:25 9;35 9:55 10:05 10:20 10:40 10:55
・・(旧岩崎邸庭園)・・昼食休憩(池の端界隈)・・(上野恩賜公園:意外
11:10 12;10 12:20 13:20 13:30
と知らない上野のお山?)・・JR上野・・JR上中里・・
14:10 14:20 14:40
(旧古河邸庭園) ・・JR上中里
14:50 15:30 15:40
*ご都合で途中までの参加、途中参加もOKです。
<注意> ①上野~上中里は電車移動ですが、その他は徒歩となりますので、履き
慣れたシューズ、軽装(防寒を考慮し)にて願います。 無理なく歩きます。
②昼食会場はメンバー推薦もあり有名トンカツ屋(ぽんた)を予定していま
すが、肉類や揚げ物が苦手な方は他店を案内します。
(ぽんた)はとても美味ですが若干お高いです。トンカツセットで4,000
円位、牡蠣や海老などですと2000~2500円位です。店主は青学
OBで骨董や蘭栽培の趣味があり、店が空いていれば見せてくれると
思います(下見にて体験)。 コース途中にて予約入れますので、
当日ご希望を伺います。
昼食:『蘭亭ぽんた』 3831-6203 文京区湯島3-37-1
<参加の方は 下記へお気軽に連絡ください>
幹事 1974年卒 飯田貞年
<参考>
①ジョサイア・コンドルについて
1852年ロンドン生まれ。1877(明治10)年、日本政府に招かれ工部大学(現東工大)初代教授に。本格的西洋建築の教育を、辰野金吾(東京駅設計)片山東熊(赤坂離宮設計)等多数の著名建築家が教え子に。
自身、鹿鳴館・上野博物館・ニコライ堂・旧岩崎邸洋館・旧古河邸洋館・旧深川親睦園(現清澄庭園)洋館(消失)・浜離宮石造洋館内装(消失)・諸戸 邸洋館(桑名市六華苑)等を設計。日本人と結婚。大正9年 日本で永眠。
②ニコライ堂(東京復活大聖堂)・・重文
日本正教会(東方正教会:キリスト教が生まれた中近東を中心にギリシャ・東欧からロシア へと拡がった)は、江戸末期 函館ロシア領事付き司祭として来日したニコライ(聖人に値する)によって伝道された。正教会は古代教会の姿勢を受け継ぎ、後のローマカトリックやプロテスタントの新しい教えを一切退け、古代教会で全教会が確認した教義を守っている。因みに、立教は日本正教系。
③旧岩崎邸庭園
弥太郎の長男(三代目社長)久弥の邸宅として、1896(明治29)年竣工。
当時は15000坪の敷地に20棟以上の建物が。現在は、三分の一の敷地で、
コンドル設計の洋館とビリヤード室、大河喜十郎(名棟梁)による和館大広間の3棟のみ。
広大な芝庭を設けた関係か?和庭は残念ながら一部が残るのみに。
江戸期は越後高田藩榊原家の屋敷、明治初期は舞鶴藩牧野家の屋敷であったが、廃藩置県を機に弥太郎が購入した。
『弥太郎は庭園好きだった!!』
余談ながら弥太郎は庭園に憩いを求め、海運王の力を発揮し全国から名石を集め、1880(明治13)年に深川親睦園(現清澄庭園)を開園している。三代に渡りその庭園工事は進められ、名石がこれでもかと言わんばかりに配され財力を伺える。
親睦園は、社員の慰安、貴賓を接待する場としても用いられたという。因みに、鹿鳴館は1880(明治13)年着手、1883(明治16)年落成なので、三菱が明治政府に先んじていたということになる。岩崎家の絶大な力を思い知らされる。
*六義園庭園(旧柳沢吉安別邸)、殿ヶ谷戸庭園も岩崎家の別邸であった。
④旧古河邸庭園 ・・洋館の渋さとバラ(春・秋)の艶やかさがマッチ 超グー!
和と洋が調和する大正期の庭園で、古河家三代目虎之助によって造られた。
武蔵野台地の斜面と低地という地形を活かし、小高い丘にコンドル設計の石造り洋館、斜面に洋風庭園、低地に日本庭園を配し『和』『洋』の調和が絶妙。
日本庭園は京都の庭師 小川治兵衛(平安神宮の作庭)によるもので、池泉廻遊式。
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sek stel (金曜日, 03 11月 2017 19:44)
niewypiękniający